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2011年8月

2011年8月 8日 (月)

PCDPセットを被災地に持参しました!

HOPE MUSIC FOR東北プロジェクト

PCDPセットを被災地に持参しました!

 さる84日及び5日オーストリア航空株式会社「HOPE MUSIC FOR東北プロジェクト」(協力:テレビマンユニオン、朝日広告社、NPOフレンドシップ・コンサート)のキャラバンは宮城県石巻市を訪問し、55日の朝日新聞全面広告で告知し、全国の皆様から送られたポータブルCDプレーヤーにウィーン・ザイフェルト弦楽四重奏団のCDを添えた約350セットを、避難所となっている門脇中学校(避難されている方208人)、渡波小学校(同131人)、鹿妻小学校(同87人)、及び湊小学校(同125人)にお届けしました。

(写真上から、1枚目:ラジオ石巻でインタビューを受ける村上オーストリア航空日本及び韓国支社長。2枚目:石巻市立門脇中学校の避難所風景。3枚目:女川町の女川漁港で。90度倒壊した建物。4枚目:女川の海。歩道のサインが水面下に見える。)

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2011年8月 7日 (日)

マリノ・フォルメンティ、ピアノと生活する1週間を全世界同時中継!

MARINO FORMENTI IS NOWHERE

昨年に引き続き今年もまた、マリノ・フォルメンティはブレゲンツフェスティバルの一環として現在ブレゲンツ市内のK2ギャラリーに入り、1週間ピアノ三昧の生活を送る「NOWHERE」のパフォーマンスを行っています。この模様はライブでインターネットを通じ全世界に配信されていますので、是非ご覧下さい。

http://www.marinoformenti.com/

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2011年8月 2日 (火)

ウィグモア・ホールでの演奏会の批評です。

マリノ・フォルメンティ評(ウィグモア・ホール)

イタリア人ピアニスト、マリノ・フォルメンティは演奏会での感動を再現するために大画面モニター、照明装置や再生装置など不要であることを教えてくれた。

アイヴァン・ヒューイット

最近巷間では「いかに演奏会での感動を再現するか。」という論議が多々なされています。イタリア生まれのピアニスト、マリノ・フォルメンティよるこの演奏会では、そのための大画面モニター、照明装置や再生装置など不要であることを証明してくれた。必要なのは音楽に対する心からの想像力だけで、これによってプログラム全体をその細部に至るまで想像することができ、また想像力そのものが私たちに音楽の新たな聴き方を与えてくれるのです。

マリノ・フォルメンティは真に優れたピアニストです。この演奏会で70曲も演奏し、中には15秒と短いものもあれば5分のものもありました。曲の半分ほどは、孤独好きで生真面目なハンガリーの作曲家ジェルジュ・クルターグのものでした。これらの小品には他の音楽、中世のギョーム・ド・マショーからスカルラッティ、ハイドン、ロマン派ではシューベルトから現代のブーレーズ、シュトックハウゼンに至る作曲家の回想がこめられています。フォルメンティはこれらの小品に彼らへのオマージュを添えることを考えたのです。そしてこの演奏会のタイトルは『クルターグの幽霊』です。

この独創的な発想は、驚くほど多彩な変化と最大限の集中をもたらす何ものかを生み出しています。フォルメンティは曲間には最小限の間を残し、古い作品中に潜んでいる現代的なものを引き出して見せます。そして演奏は聴衆をひきこんでいきます。ハイドンの「Seven Last Words」からの曲「Earthquake」は素晴らしいものです、リスト愛好家はピアノフォルテの破壊であると言うでしょうが。また曲を極端に大きく思わせるようにしていますが、それは既にクルターグへ至る途上にあるということです。

この効果には2つの面があります。フォルメンティの演奏で聴いた2つのスカルラッティのソナタは一般的に言って激しくエキセントリックなものでした。共にクルターグのスカルラッティに対するオマージュとするほどには、その真髄をついたものではありませんでしたが演奏の優雅さは完璧なものでした。

作品をそれぞれの「ghosts」に近づけるために歪め-フォルメンティははるか遠くに行ってしまったことを-このことは暗示しているのかもしれません。実際彼が各作曲家に対していかに純粋であるかということは際立っていいました。シューベルトの「ハンガリーのメロディー」やヤナーチェクの「草かげの小径にて」での彼のタッチの優雅さにはうっとりとさせられるものがありました。

Marino_101015062s_3 シューマンの子供の情景から「詩人は語る」だけは曲に標題音楽的な意図が強く感じられましたが、後半では幾分簡素化されたようでした。しかしこれはほんの些細なことでしかありません。この演奏会は、今年私たちが聴けるソロリサイタルのうちで確実に、最も独創的であり、また鮮やかに演奏されたものです。                                         2011210

 

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2011年8月 1日 (月)

ブレゲンツ滞在中のマリノ・フォルメンティより便りが来ました!

2011年の私の活動におけるハイライトは間違いなく「クルタークの亡霊」を演奏した29日のロンドン、ウィグモアホール・デビューでした。演奏会場での大成功と、おそらくはそれを告げるテレグラフ紙の批評のおかげで、私は2013年に再度リサイタルを依頼され、2014年にはArtist's Residencyで、2回のリサイタルと指揮者としてオーケストラを振ることを頼まれました。

次に3月に行われたニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団との初共演は巨匠エサ・ペッカ・サロネンの指揮でしたがアーヴィン・フィッシャーホールが5夜連続で売り切れという大成功で、ニューヨーク・タイムズの批評でも絶賛されました。また同じくニューヨークのLe Poisson Rougeでビリー・ホリディ、ジャック・ブレル、セロニアス・モンク。クルト・ヴァイル等のポピュラーミュージックに対する私自身の共感を表したThe Song Projectの企画もとても好評でした。

56月に取り組んだハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団との初共演でも、ヴァイマールで開催されたフランツ・リスト年公式記念祝典でも、私の新しいプログラム「Liszt Inspections(リストと現代音楽)」及び「リストとバッハ」も高く評価されました。



現在、私はブレゲンツ(オーストリア最西部の都市)にいて81日には祝祭大劇場でウィーン交響楽団(指揮:キリル・ペトレンコ)と共演します。翌82日から6日間市内のK12ギャラリーで、昨年に引き続き『NOWHERE』に挑戦します。昨年ご覧になった方もいらっしゃるでしょうが、ブレゲンツの目抜き通りの一室に、私は1週間こもって朝10時から夜10時までピアノを引き続けます。食事も睡眠も全てこの部屋で済ませ、ひたすらピアノと過ごします。ピアニストにとってそれは本質的な時間の過ごし方ですし、昨年の1週間は私にとって最高にPUREで喜びに満ちた時間でした。これはライブでもインターネットで全世界に配信されますので、是非ご覧下さい。この企画を終えるとザルツブルクに移りザルツブルク音楽祭の正式プログラムとして14日にザルツブルク・モーツァルト音楽院大ホールでソロリサイタルをします。演奏曲目はシュトックハウゼン作品です。次に北欧のオスロ・ウルティマ現代音楽祭、9月に入ってスロヴェニアのマリブール音楽祭で3回のコンサート、続いてウィーン・コンツェルトハウスでの「Formentis Vorwort(フォルメンティの前書き)」と題した4回のコンサートでここでは曲目の解説を加えながら演奏します。またコンツェルトハウスではその後でウィーン現代音楽フェスティバルの演目として「夜想曲」のプログラムで4回の演奏会に出演します。以降9月から来年にかけてFestival d'Automne a Paris出演し1月にはLos Angeles Philharmonic Societyでベートーヴェン「ディアベリ変奏曲」を弾きます。これは私にとって初めての挑戦になります。

このように私のスケジュールは-この世から私がいなくならない限り-演奏会の予定で埋まっています。しかもこれらはあくまでも私のスケジュールの一部なのです。(2010年10~11月来日時撮影の写真上から:1.網焼きを食べる。松阪和田金にて。2.てんぷらを食べる。築地三ツ田。3.毛がにを食べる。旭川にて。4.銀ダラ定食を食べる。旭川グランドホテルにて。5.北区十条商店街にて。)

Marino_matsusaka Marino_tenpura Marino_kani Marino_washoku Marino_jujo

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